理工学部 物理?材料理工学科 マテリアルコース
助教 大柳 洸一
スピントロニクス、ナノ磁性、固体物理学
岩手大学理工学部大柳洸一助教の研究グループは、常磁性絶縁体と金属の接合系においてスピントロニクスに基づく現象や機能性が現れることを実証し、その原理を解明しました。本成果により常磁性体に立脚した「常磁性スピントロニクス」が確立し、今後、磁気秩序を持たない新たなスピントロニクス材料の研究?開発が進むと考えられます。
電子はマイナスの電荷を持つ粒子で、その流は電流と呼ばれます。この電子の持つ電荷の流れを制御し、様々な機能を作り出す技術をエレクトロニクスと呼びます。一方、電子には電荷に加えて、電子の自転(スピン注1)に由来する磁気の元になる性質を持っています。これまでエレクトロニクスで利用していた電荷に加え、電子の持つスピンの性質を積極的に使うことで新たな現象や機能性を開拓する技術をスピントロニクスと呼びます。これまでにスピントロニクスを利用することでナノスケールの磁石の制御や新たな原理のエネルギー変換が実現し、基礎物性から応用に至るまで我が国が世界をリードしています。
スピントロニクスで用いられる現象や機能性を理解するためには電子のスピンに由来する磁気の流れ、スピン流が重要な鍵となります。スピン流はその磁気の流れという性質から、金属や磁石などの材料を中心に研究が行われてきました。例えば、金属中では伝導電子によってスピン流が流れます。一方、磁石(強磁性体)の中でスピン流を流すにはスピンの向きが一方向に揃うこと(磁気秩序)が不可欠です(図1a)。このように磁気秩序があれば電気を通さない絶縁体ですらスピン流を流すことができるため、磁石(磁気秩序を持つ材料)については基礎と応用の両面から近年、研究が進められています。
これに対し、スピンの向きがバラバラな状態を常磁性注2と呼び、常磁性では磁石にはなりません(図1b)。このような磁気秩序がない物質中では磁気秩序を利用したスピン流が流れることは期待できません。特に電気を通さない常磁性の絶縁体は、伝導電子も磁気秩序も利用できないためスピン流を流すことは不可能である、というのがスピントロニクスの常識でした。
本研究グループは2019年にこれまでの常識を打ち破り、スピンの向きがバラバラな常磁性の絶縁体であっても長距離にスピン流を伝播できることを実証しました(発表済み論文リスト)。さらに、常磁性体は、強磁性体を同じ温度で利用する場合よりスピン流を高効率に流せることがわかりました。このことから常磁性絶縁体についても有力なスピントロニクス材料として研究?開発が加速する可能性がでてきました。
このように常磁性絶縁体がスピン流を流すことはわかりましたが、これまでスピントロニクスで知られてきた様々な現象や機能性が現れるかどうかは全くわかっていませんでした。そこで本研究グループは常磁性絶縁体と金属の接合系(図2)に着目し、強磁性体でよく知られた現象であるスピンホール磁気抵抗効果*とスピンゼーベック効果*に関して実験、理論の両側面から検証しました。スピンホール磁気抵抗効果は常磁性絶縁体中のスピン流の制御に、スピンゼーベック効果は常磁性絶縁体を用いたスピン流の生成にそれぞれ関連した現象で、それら現象の有無やメカニズムに関する知見は常磁性絶縁体をスピントロニクスで応用する上で重要です。実験の結果、常磁性絶縁体を用いた場合でも強磁性体と同様にスピンホール磁気抵抗効果が生じることがわかりました(掲載論文1)。さらに、強磁性体に用いられてきた理論モデルを常磁性絶縁体に拡張することで、常磁性絶縁体で観測されたスピンホール磁気抵抗効果/スピンゼーベック効果の結果をよく再現することに成功し、常磁性絶縁体/金属接合系でのスピン流輸送のメカニズムの全貌がはじめて明らかになりました(掲載論文1,2)。